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結婚すれば、いくらなのだって「旅行しちゃ駄目」などとは言えない。
そうだ、この面倒くささを解消するには結婚がいちばん、私がいち早くそういう結論に達したのも当然の成り行きだった。
「子供に早く結婚してほしい」と願う親御さんたちを見ていると、私の母とはまったく違うことばかりしているのに驚く。
結婚につながるせっかくのチャンスをつぶしてはいけないという親心なのだろう。
デートはもちろん、深夜帰っても叱らないし、外泊だって、旅行だって、目をつぶる場合が多い。
子供たちがある程度の年齢に達しているということもあろうが、それにしても、ものわかりがよすぎるという感じだ。
私など、うらやましくてたまらない。
ところが、皮肉なもので、そうしたものわかりのいい親を持ちながら、肝心の息子や娘は、グズグズしていてちっとも結婚する素ぶりは見せない。
それどころか、ものわかりのいい親を持つ人に限って結婚しないのではないかと思うほどだ。
それも当然である。
結婚したからこそ許されることが、結婚しなくても、公認されているのだ。
公認どころか、推奨されるに近い。
これでは、わざわざ結婚する気になどなれないだろう。
少し待てばテレビで放映されるとわかっている映画をわざわざお金を払ってロードショーで観るようなものだ。
きっと、彼らはこう肱いているのだろう。
「ま、いいか。
当分恋人のままで充分だ」、と。
それに、親と同居している独身者を見ると、結婚する気にならないのもわかるような気がする。
とくに過保護な母親でなくても、子供にとって、実家は快適な環境が用意された場所である。
それも、無料で。
暖房や冷房も完備しているし、冷蔵庫にはなんとなく食べ物が入っていて、炊飯器をあければご飯もある。
洗濯や掃除もついでだからとしてもらえる。
おまけに、これがいちばん重要なところだが、弧独死しそうな思いを味わうこともない。
これじゃあ、結婚しようという情熱を失ってしまうのも当然である。
実際、「そうなのですよ。
そういうことであるのですよ」と、打ち明けてくれた知人もいる。
大学時代の同級生と同棲から結婚に至ったのだが、彼が就職してからうまくいかなくなった。
「忙しくて、かまってやれなかったのが悪かったのかもしれない」と、彼は言う。
三年も同棲していたのに、はっきりとした理由もわからないままにわずか一年で離婚してしまった。
それにしても、離婚したというのに、彼は元気そうだ。
着ているものもパリッとしていて、とてもひとり暮らしとは思えない。
それもそのはず、離婚したあと、二人で暮らしていたアパートを出た彼は、とりあえず実家に戻った。
思ったのだそうだ。
「なんて楽なのだ」と。
「帰るコ1ル」をしなくても、怒られない。
気も使わなくていい。
誰とどこへ行こうが、もう一人前の大人である彼に文句を言う人はいない。
ご両親はご両親でそれぞれ好きに生きているので、まあ、実家はホテルみたいな状態になっているという。
それからしばらくして、彼から電話があり、実家を出たと知らされた。
誰か好きな人でもできたのかと思ったらそうではなく、快適すぎて怖くなったのだという。
「親爺とお袋がさ、このままでいると、俺が二度と結婚しないじゃないかつて心配になったらしいのだ。
実は俺もそう思い始めていたとこでね。
まあ、それでいいのだけど、実家がよくて結婚しないなんて、精神的にゆがんでいるかなって思って。
とりあえず、不自由でもひとりでやってみて、ひとりでいられる自信がついたら、結婚のことも考えようかなと思って。
もう失敗したくないしさ。
お袋に言われたのだ。
『家にいてもいいけど、やっぱり出ていきなさいって。
もう戻ってくるな』って」「ふーん」と額きながら、子供を結婚させるのは、親にとっても大変なことなのだなと、つくづく思った。
居心地がよくても、子供のためにならないということもあるのだから。
「今はやさしい恋人も、結婚したら横暴な亭主になってしまうのではないか」「いそいそと料理をつくってくれる彼も、結婚するやいなや、『飯、風呂、寝る』の男に変身してしまうかもしれない」「真面目そうに見えるのは表面だけで、結婚したら本性をあらわすだろう」などなど、心配し始めたら、きりがない。
おまけに、周囲の既婚者たちが、顔で耳打ちしてくる。
「そうよ、その通りよ、ウチのもね、恋人だった頃はやさしかったけれど、今はすごく意地悪なの」とか「家族にやさしい人だと思っていたら、とんでもない。
ただのマザコンだったのよ」というふうに。
こんな現実を聞かされたら、想像力がたくましく、心配性な人はひとたまりもない。
「ゃっぱりそうだつたのか」と確認したような気持ちになって、結婚に対する恐怖がつのっていく。
が、である。
結婚というのは、想像力が追いつかないほど、意外なことばかり起きる世界だ。
いくら想像したって、無駄なのだ。
もし、ここに未来を占う水晶玉か何かがあったら、話は簡単だ。
それを覗いて、結婚によって不幸になっている自分が見えたらやめればいいし、満ち足りた自分がいたら、迷うことなく結婚すればいい。
そんな玉はない。
どこにもない。
十年後の自分たちがどんな夫婦になっているかなんて、予想もつかない。
十年後どころか、朝ご飯のときはニコニコしながらコーヒーを飲んでいたのに、昼ご飯頃から雲行きがあやしくなり、夕方に喧嘩して夜まで口をきかず、それでいながら、翌朝までに仲直りなんてことはよくあることだ。
まったくもって一寸先は闇、結婚の現実だ。
予想と違うことがどんどん起こる。
私の場合をお話ししてみよう。
結婚を迷っているあなたへ結婚する前から、夫のTは「子供はいらない。
子供は嫌いだ」と言う人だった。
確かに、駅のホームで子供が泣いていたりすると、さりげなくげんこつをちらつかせ、さらに泣かせたりして喜んでいた。
私はといえば、大の子供好きだったので、「困ったな。
私は好きなのに。
考えが合わないな」と思ったが、気にはしなかった。
彼の言う「子供」はあくまでも他人の子供という意味で、自分の子となれば、話は別だと思ったからだ。
けれど、彼の言葉に嘘はなかった。
彼は本当に子供が嫌いだったのだ。
自分の子も、他人の子も、区別することなく、あまねく嫌いだったらしい。
息子が生まれてすぐの頃のことだ。
彼は帰宅しても、子供の顔を見ようともしなかった。
それどころか、部屋が乳くさいと言って、窓を開け放ち、赤ん坊のにおいを追い出そうと必死になってばかりいた。
よく「疲れて帰っても、子供の寝顔を見ると、疲れも吹っ飛ぶ」と言うお父さんがいるが、わが夫は反対だった。
彼は「赤ん坊の顔を見ると、どっと疲れる」という感想を述べていたからだ。
人から「お子さん、かわいいでしょう」と、聞かれでも、「いえ、全然。
いつも寝ていて気持ち悪いのですよ」などと答え、相手を絶句させてばかりいた。
照れて言っていたのではない。
本当にそう思っていたのだ。
私は怒ることはできなかった。
結婚する前から彼はちゃんと「子供嫌い」を宣言していたわけで、私をだましたわけではなかったからだ。
「ま、いいか、私がかわいがれば」私はそう思い、勝手にかわいがって子育てをした。
その息子も今や大きくなった。
背は私より高く、声は低く、無精くさいおっさんのような男になった。
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